「ミクロが変える経済」

メディアの注目度が高いばかりではなく、
最近は仕事がらみからプライベートまで、
さまざまな人たちの会話のなかに「ドバイ」という
言葉を耳にする機会が劇的に増えている。
近所のすし屋にいっても「ドバイに行ってきたというお客さんがたくさんいる」という話を聞かされる。事務所に届いた郵便物をみると大学の同級生が南アフリカ駐在からドバイへ異動になったという葉書が届いている。
じつは私も先日、取材でドバイを訪ねた。人口わずか150万人。日本でいえば京都市程度のものだが、いまドバイには世界のクレーンの4分の1が大集合しているといわれるほど、とんでもない建設ラッシュにわいている。
ドバイのビジネス街“シェイク・ザイード通り”は「中東のニューヨーク」などと称されるように近代的な高層ビルが林立している。日本のメディアではドバイは砂漠のなかに出現した超近代国家として紹介されているが、ドバイの国家建設はまだ緒についたばかりだ。正直な取材実感をいえば、観光地としても、ビジネス街としても、ドバイはまだ密度の薄い、スカスカ状態だ。世界唯一の七つ星ホテル(自称)のバージュ・アル・アラブや、完成すれば世界一高いビルとなるバージュ・ドバイなど、話題には事欠かないが、それらはみな孤立した「点」にすぎない。「点」がつながり「面」となるまでには、もう数年間、時間がかかるだろう。だがそれが実現したとき、ドバイはいったいどうなっているのだろう。末恐ろしさを感じる。
その恐ろしさは、これまで幾多の国々が経験した経済発展とは比べ物にならない異常な速度で超近代国家へと姿を変えていくことの異様さからくる。たしかに旧市街地にいけば、ドバイがたどってきた歴史を垣間見ることができるが、ドバイの超近代国家はすべての過去を全否定する形で国づくりが行われている。そこが異様なのだ。
ドバイの人口150万人のうち、ドバイ人はわずか20万にすぎない。残り130万人はインド人、パキスタン人を中心とした外国人労働者だ。ホテルでも、レストランでも、スーパーマーケットでも、そして建設現場でも、働いているのはすべて外国人労働者である。ドバイ人が管理者としているのだろうが、旅行者や私のような取材者の目にみえる勤労者は外国人労働者ばかり。青果市場にもいってみたが、市場に並べられた野菜や果物もすべて、トルコやエジプトなど近隣諸国から持ち込まれたものばかり・・・
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