フィナンシャル ジャパン オンライン版|うめけん対談 三幸マーケティングフーズ 平林実社長

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うめけん対談 三幸マーケティングフーズ 平林実社長2012年04月号

うめけん対談 三幸マーケティングフーズ 平林実社長

うめけん対談@FJ
社長、フォローしちゃいました!
Vol.10 三光マーケティングフーズ 平林実

臆病だから ファイティング!
270円居酒屋『金の蔵Jr.』や焼き牛丼を提供する『東京チカラめし』などを運営する、 三光マーケティングフーズの平林実社長。一般的に見れば成功者であるにもかかわらず、「まだ戦い続けたい」というモチベーションはどこから来るのか。うめけんが迫った。




コピーが通用しなくなった時代
独創性を生み出すエネルギーを

梅崎 僕が起業しようと思ったのは、尾崎豊の「15の夜」じゃないですが、抑圧されるのが嫌だったんです。そこで現代版のグレ方として起業してみたんです(笑)。16歳のときにツイッターで、ソフトバンクの孫社長に「(日本マクドナルドの創業者)藤田田さんに16歳のときに会ったように、僕が16歳のときに孫さんに会いに行くので覚えておいて下さい」と呼びかけたら、そこでご縁ができたんです。
平林 僕も商売を始める前にマクドナルドの日本展開が大きな刺激になりましたね。銀座の三越のところに1号店ができて、当時の人々の食文化を爆発的に新しく生み出した。歩行者天国で歩きながら食べるなんてタブーなわけですよ。それがちょうど大学に入ったころ。すごく刺激を受けたよね。  もともと実家は乾物屋をやっていたから、事務員のように机の前でどうこうできるタチじゃなかった。自分で商いをしたかった。そしたらそういう新しい外食産業に勢いが出始める時代になったんだよね。当時まだマクドナルドが20~30店舗くらいのころだったと思う。
梅崎 草創期のマクドナルドの話って僕は全然知らなかったので、そういう時代があったなんて想像もできませんね。今のマクドナルドの規模感からすると、イメージできない。
平林 当社は最近、『東京チカラめし』で牛丼業界に進出し始めました。従来のように牛肉を煮て出すのではなく焼いて牛丼として出すという新しいスタイル。そういう大きなイノベーションというのは、企業が大きくなるとやりづらい。身動きが取りづらくなりますからね。
梅崎 一方で、マクドナルドは実験的な店舗を出してテストを繰り返すということがスピード感を持ってできていますよね。そのあたりはマクドナルドがまだ強い理由かなと。そういうふうに今までにないものを持って市場に攻めこむときに反対勢力がいっぱい出てくると思いますが、そこはどのように実行に移していくのですか?
平林 常に小刻みな動きは大切です。何でもかんでも大きな動きが必ずうまく当たることは、今はないですから。外食業界には40年くらい前に、・黒船襲来・という感じで西洋文化が入ってきました。先進国のノウハウをコピーすれば、ある程度追随してビジネスが成り立った。しかし、ここまで業界が成熟してしまうと、やっぱり独創性やイノベーションがないと。見よう見まねでビジネスが成り立つ時代ではなくなってしまいました。ですから大企業でも大きな価値観を変えられないで、沈んでいくこともあり得る。重厚長大な企業にフレキシブルなエキスがなくなっている。
梅崎 社長ご自身は会社が重厚長大になってしまうことへの恐れや、もしなってしまったときの対応についてはどう考えられていますか?
平林 僕はネガティブな心配を実は全然していないんです。常に社員にも伝えているのは「自分のエネルギーを大切にしよう」ということ。僕は森羅万象は自分の内にあるエネルギーだと思っています。そこからいろいろな行動につながっていく。

自分の目線が一番大切
攻め続けるのが心の安らぎ

梅崎 飲食業を生涯かけてやっていこうと思われたのは家業が関係しているのですか?
平林 家業は、根っこのひとつとして大きいですね。それはもう無意識に。その環境もあって幼少の性格が築かれたと思うのですが、けっこう小生意気だとかやんちゃだとか協調性のない子だとか。歪というか凸凹があった。劣等感みたいなものもありました。
梅崎 そこからハングリー精神が生まれるのですか?
平林 そういうマイナス面もエネルギーになるじゃないですか。常に自分との葛藤、どこか抵抗がある。それは自分の中に・マグマ・があるということなんですよ。これをどこかで出さなければいけない。でも若い人はそれを抑えてしまいがちですね。
梅崎 ぬるま湯につかっているんですよ。だからそういうふうに感じる余裕もないのでは、と感じます。
平林 でも熱湯につかるような場面に出くわして初めて「大変だ」となっても遅い。後悔先に立たずですから。賢人は、逆算して自分は将来どうなりたいかを考えた上で、今の自分がどうあるべきかを選択している。ぬるま湯につかるというのは足し算方式だよね。
梅崎 僕も完全に将来の目標から逆算して、今できることをやってきたタイプです。社長はものすごく現場を大切にされる方とうかがっていますが、何か工夫などはありますか?
平林 現場に行ったり現物を見たりすると、やっぱり心が安らぐんですよ。なぜならそこに問題解決のヒントがあるから。現場から離れた場所で、ああだこうだと思うよりも現場に行く。100回中100回ヒントがあるわけではないけれど、100回近くのヒントはある。
梅崎 ひとつの大きな市場をつくるときには、決定的な手応え、「これならやれる」と確信されるものですか?
平林 例えば藤田田さんなどは、早い時期に手応えを感じて、業界の先駆者になったと思います。でも僕は彼らと年齢は10歳以上は違うけれど、先駆者になったという感じはないんですよ。常に悶えていたというか。「俺はなんでできないんだろう」とか。だからこそというか、やっと30数年やってここまできて、居酒屋の中でも低価格という新しいジャンルを生み出し、また『東京チカラめし』という新しい事業を始めている。今がもう燃えたぎっている。普通はもっと早めに燃えたぎるんだろうけれど(笑)。
梅崎 僕も今はある意味じーっとしている時期なんですけれど、そのときは成功を信じていましたか?
平林 若いころは煩悩の塊ですよ。気持ちは常に迷っていた。それは誰しも体験する起伏ですよね。心が若いうちはまだ整っていないからね。瞬間的に結果が出て気分がよくなっても、また失敗することだってある。でもそんなことを繰り返すと、ある程度自分の気持ちを見つけられる。当然知識と経験もあるから、人の心模様も分かってくる。
梅崎 そういう話を聞くと、僕も自信持てます。まずはやってみなければ分かりませんもんね。若い人へのメッセージとして、こうした方がいい、ああした方がいいと言う年配の方も結構いらっしゃって、そうした方々のメッセージ性は強くて、自分に自信が持てなくなることもあります(笑)。
平林 でもそれって嘘くさい場合もあるじゃないですか(笑)。若い人でメッセージを出す方もいますけれど、それはまだ見栄を張りたい程度のキャリアということかもしれませんよね。僕だって見栄を張りたいとか社会的に成功したいとかいう思いは、子どものころからありましたよ。でもキャリアをどんどん積んでいくと、ある程度・フリースタイル・というのかな。そういったものにとらわれなくなってきましたよね。
梅崎 では、あえて僕ら若い者にメッセージを伝えるとするといかがですか?
平林 こうしたら人や世間が動くといったことについてあまり気にしないことですよね。それよりも自分が今日やり残したこと、言い残したこと、それらを明日、どう実行するかが大事。世間の目線より自分の目線のほうが大事。
梅崎 ITで何かコトを起こしてやろうという人でも、すごく他者の評価を気にしている人が多い気がします。外的な要因をモチベーションにしているのではと。僕はそのあたりについては、疑問に思うときがありますよ。その中で攻めるときは攻めていると思います。『東京チカラめし』の事業展開は特に攻めているのでは?
平林 規模に生きるわけじゃない。もっと自分のエネルギーを出して暴れてみたいというのがモチベーションであり、判断の基準なんです。ある程度居酒屋が成功して、『金の蔵』も成功したからもう十分だろうとおっしゃる方もいるかもしれません。でも僕はまた別の燃えるものを見つけたわけです。
梅崎 なぜそこまで燃えられるんでしょうか?
平林 多分臆病なんですよ。臆病だから常にファイティングしてないと心の安らぎがない。攻め続けていかないと。後継者を育てようと思ったって、自分が守りに入っていれば、育つものではないし。まず自分が先だろうと。不完全燃焼で妥協してもしょうがない。
梅崎 社長はきれいごととか、こうしなくちゃいけないというような押し付けが一切ありませんよね。本質を見て僕たち消費者側の立場にたっているから、消費者がいま本当に欲しいものを提供することができているように感じました。
平林 梅崎さんがいるITの世界も、人類の幸せに貢献しようというところが役割ですよね。スティーブ・ジョブズさんなんかはまさにそう。僕たちもお客さまの目線の中で生かされているんですよ。


HIRABAYASHI Minoru
1949年東京都生まれ。法政大学卒業後、割烹料理店に勤務。
75年JR神田駅高架下に定食屋「三光亭」開業。

三光マーケティングフーズとは?
1977年有限会社三光フーズ設立。84居酒屋『だいこんの花』オープン。98年『東方見聞録』オープン。2002年株式会社三光マーケティングフーズに社名変更。04年東証2部上場。09年全品270円居酒屋『金の蔵Jr.』出店。11年『東京チカラめし』オープン。本社・東京都豊島区。

UMEZAKI Kenri (Umeken)
1993年生まれの髙校3年生。ツイッター上でソフトバンク孫正義社長から3番目のフォロワーに選ばれたことで注目を集める。2010年流行語大賞を「~なう」で受賞。ソーシャルメディアプロモーションを展開するディグナ社長。@umeken