自転車をこぐように英語を話そう体が覚えたものは忘れない
世界経済のグローバル化に伴って、日本でも英語を社内公用語とする企業が現れたり、小学校から英語を教えたりと、じわじわと〝英語包囲網〞が敷かれつつある。実際、TOEICの実施・運営を行う財団法人が今年行ったアンケート調査によると、調査対象となった上場企業3712社のうち有効回答の約70%が英語によるコミュニケーション能力の必要性が「高まった」と回答している。また同じく四年制・短期大学1159校に行った調査では、70%以上の大学が「就職活動に英語力が必要」と回答している。でも気持ちが焦るばかりで、いざ英語を学習しようと思ってもその一歩がなかなか踏み出せない││そんな人にこそ、この特集を読んでほしい。

現代日本において、「英語を身につけたくない」という人はそういないだろう。コミュニケートできる相手が増える外国語、しかも世界で最も多くの話者がいる外国語=英語を身につけて損するわけがない。言ってしまえば英語を身につけるということは、自転車に乗れるようになることと一緒のようなものだ。幼少の頃、家の前の道路で近所の公園で、親に荷台を押さえてもらいながらペダルをこぎ、時に転び膝をすりむきながら運転を覚えた後、それまで徒歩圏内だけで完結していた自分の世界が大きく広がったことだろう。初めて自転車に乗れるようになった時の感動と同じくらい世界が広がる可能性を秘める英語。それなのに英語学習に二の足を踏んでしまうのはなぜなのだろうか。
自転車の運転技術を身につける時、自転車の構造をまず知ろうとする人はいない。補助輪をつけるにせよ荷台を持ってもらうにせよ、まずは自転車に乗るはずだ。英語学習は違う。多くの場合、中学校で初めて英語を習う。アルファベットの書き方から簡単な単語や文法まで「英語とはこういうものだ」と叩き込まれる。それは英語の言語としての構造を知るには正しい方法だろう。でも自転車の構造を知っただけでは自転車に乗れないように、英語の構造を知っただけでは英語を話せるようになるとは限らない。英語の構造を知るために努力を積み重ねた人は多いと思うが、それだけの努力のうえでも英語本来の役割である「会話」ができない。その虚しさゆえに「会話」の学習まで食指が動かないのではないだろうか。
でもちょっと待ってほしい。自転車に乗れるようになることと自転車の構造を理解することのどちらが簡単だろうか。車輪の大きさやフレームの素材、使われているビスの数にブレーキ性能……。自転車の構造を完璧に理解するのは結構大変だ。だ。それよりちょっとくらい膝をすりむいても繰り返し練習すれば、自転車に乗れるようになる。構造を知るより体に覚えこませた方が簡単なのは、多くの読者が身をもって体験していることなのだ。膝をすりむくくらいのちょっとした痛みを乗り越えれば、英語を話すことは英語の構造を理解するよりきっと簡単なはずだ。これを身につけない手は、ない。