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改めて問われる「伝える」ということWeb限定記事

改めて問われる「伝える」ということ

ソーシャルメディアを使えば、今や誰でも送り手になれる時代、不特定多数の人に何かを「伝える」という行為は、これまでとどう変わるのか。正しく伝えようとすれば、正しく受信する力もまた鍛えられる。





コミュニケーションの基本
人との信頼がメディア

東日本大震災で活躍したツイッターなどのソーシャルメディア。既存メディアと異なり、一般市民が自らの手で非常時に有益な情報を発信していった。メディアのあり方が大きく変わりつつあることを象徴する出来事だった。

メディアとは、狭義にはコミュニケーションの形態のことを指す。インターネットが登場する以前は、大多数を対象にした「マスメディア」がメディアの中心的存在として君臨していた。しかし、何百万何千万という人数に伝えることを前提としたメディアが伝える情報は、輪郭がぼやけたものになりがちだ。内輪の話を外部の人間に話したところで面白くないのは当然なので、マスメディアは外部の人間にも分かるような伝え方をする。しかし時に、内輪の話を生々しく伝えたほうが情報の有用性が高くなることもある。

ソーシャルメディアは、メディアのあり方に風穴を開けた。第三者の手で編集された万人向けの情報ではなく、自らが手にして表現した情報を大多数の人間に送り届けることを一般市民に可能にした。活版印刷が誕生したときと同じくらいのインパクトが私たちが生きている時代に起きた今、改めて「伝える」とは何かということについて考えてみたい。

ある情報を誰かに伝えるとき、相手は何を基準にあなたの情報を正しいと判断するだろうか。もちろん他の情報との整合性や社会通念上の齟齬がないかといった基準が、判断の前提としてあるだろう。加えて大きな要素となるのが、相手があなたをどれだけ信用しているかという点だ。

いつからだろうか、大手マスメディア、特にテレビと新聞は大きな批判の対象となってきた。マスメディアを揶揄する「マス・ゴミ・」というスラングがネット上にはびこって久しい。ただその批判の理由を見ていると、「情報の独占」とか「弱者側の立場を強調するのに高給取り」とか「偏向報道をしている」といったマスメディアを取り巻く環境に力点が置かれているように感じる。一つの記事を読み解いた上での批判は、匿名のネット社会では極めて少ない。その一方でテレビや新聞から得た情報が正しいという前提でネット上での議論は活発に行われている。そうした状況が生まれている背景には、感情的には大手マスメディアを毛嫌いしつつも、記事の信頼性は他のメディアより高いということを多くの人が感じていることがあるからではないだろうか。

記事における信頼性は、大手マスメディアが自社の記者や編集者、カメラマンなどを長年のノウハウと資金を注いで教育し積み上げてきた企業資産だ。そうした土台の上に多くの事実を伝えてきたという実績を踏まえて、読者であり視聴者である私たちは、大手メディアが伝えることの多くを正しいと受け止めている。「伝える」とはすなわち、送り手が受け手に信頼してもらうということに等しいのではないだろうか。ソーシャルメディアの世界でも、人に信頼してもらうというコミュニケーションの基本は変わらない。

オオカミ少年にならず
世界に情報発信を

自身がメディアとなったときの心構えを示してくれる教訓として、オオカミ少年の例が挙げられるだろう。多くの人に知られているイソップ童話の一編であるこの物語は、村の少年が日常的に「オオカミが出たぞ」と嘘をついていたため本当にオオカミが現れたときに村人に救いを求めても誰も助けてくれなかったという有名なストーリーだ。この物語において、多数の村人に知られている少年は、村にとってのメディアだ。日々嘘をつき続けることで、「彼の言うことは全て嘘だ」という逆の意味での信頼を少年は得てしまった。

オオカミ少年の嘘は村の中だけで収まったが、ソーシャルメディアではそうはいかない。あなたがつぶやいた一言は、地球上のあらゆるところに届いていく。誰も聞いていないだろうと思った言葉が、見も知らない誰かに届いてあなたの信頼を損なう可能性だってあるのがソーシャルメディアの恐ろしさでもある。
自分自身がメディアとなることで、傍観者としてマスメディアを批判的に読み解くだけではなく、どのように発信していけばよいのかという力もまた求められることになった。それが新時代のメディアリテラシーになるのではないか。情報が氾濫する中、新時代のメディアリテラシーを身に付けた人とそうでない人とでは、受信力も発信力も格段の違いが表れてくるだろう。

アラブ諸国ではソーシャルメディアによってつながった民衆の力が政権を崩壊させた。中国では政府が隠蔽しようとした新幹線事故の実態を中国版ツイッターの書き込みが暴いた。既存メディアとソーシャルメディアの力が一体となって、より民主的に情報が公開される世界を築き上げられる可能性が、私たちの眼前に広がり始めているのを肌で感じる。

メディア全体の中で、ソーシャルメディアが果たす役割は今後ますます大きくなるだろう。ソーシャルメディアで話した声は、あなたの想像を超えて大きいものになるだろう。オオカミが村を襲ってくるという情報は有益だ。それが事実であるならば。その情報を多くの人に伝えることは技術的に可能になった。そのために身に付けるべき力、メディアリテラシーをこの特集で紹介する。