経済の大きな将来図を描け
そう、龍馬が教えてくれる
東京・門前仲町──。
江戸の風景が今も残るこの街に、山本一力氏は下駄履きで、
竹かごの付いた真っ赤な自転車にまたがり颯爽と登場した。
直木賞も受賞した著名な時代小説作家には似つかわしくないその格好は、
自由な発想を真髄とした龍馬にも通じるところがある。
小説『龍馬奔る』を連載中の山本氏に、
自身の出身地でもある土佐の英雄について聞いた。
構成=蓮見将行 写真=鰐部春雄

持ちの家に生まれ武家社会の矛盾を知った
──龍馬の小説を連載中です。これまでは江戸の庶民の世界を描いた作品が多かったように思いますが、なぜ龍馬を書こうと思われたのですか?
土佐人が感ずる龍馬を書きたかったからです。これまでいろいろな作家によって龍馬が描かれてきましたが、どこか「食い足りない」と言うか、違うんじゃないだろうか、という気持ちがありました。金持ちの家に生まれた子どもとしての龍馬が描かれていない。龍馬が生まれた坂本家の親戚は、才谷屋という土佐の商家でした。土佐藩の大きなお金を動かす金融業者で、元旦には藩の家老があいさつに来るような家でした。
──武家が商人を訪ねるのですか。
藩の家老は、土佐の城下町では誰も逆らえない権力者です。そんな人が親戚の家にあいさつに来る姿を見て、子どもながらに思うことはあるでしょう。お武家さんが商人に膝を折ってあいさつに来るんですよ。主従が逆転している。矛盾を感じますよね。建前と本音、そのギャップが膨らんだことが、龍馬がいろいろなことを成し遂げられたことの根っこにあるはずです。
つまりお金の力があれば、物事の大半が片付くのだと龍馬は分かっていたはずです。それが海援隊の前身である亀山社中を起こす動機にもなっていると思います。
──それはどういうことでしょうか。
武家社会は立ち居振る舞いから暮らしの隅々に至るまで、すべてに決まり事であふれ、武家はお金と距離を置いていました。お金は卑しいもの、汚れたものととらえていた。建前ですよね。龍馬は郷士の家柄ですが、そもそもは町人だったのが藩から株を買って武家になった家です。武家と町人の間の家に生まれて自由な発想ができる下敷きがあった。その上にお金というものの力をしっかり認識している人が立ったら、やることは一つ。これからの世の中を動かすには、お金の大事さを踏まえていかないといけない。きっとそう思ったはずです。そこを解かないと、あの短い人生の中であれだけのことをやった龍馬という人物は分からない・・・



