裕福と貧しさを味わった渡邉少年。
巨万の富を得てもお金に縛られない生き方を貫けるのは、“最高の金銭教育”を受けたからだという。
学校の生徒たちに、2人の息子に伝えたい、お金の本当の価値とは──。
構成=香川 誠

どんどん教えるべき
お金に縛られない人生
── 金銭教育はネガティブに捉えられることもあります。どんなイメージをお持ちですか?
ネガティブに捉える必要なんて全くありませんよ。僕はどんどんやるべきだと思います。お金というのは生涯使っていく最も身近な道具であり、何かをするための手段であるからです。
道具であり手段であるならば、所有することよりもうまく使うことに重点が置かれるべきです。しかし現実の世界では、所有することにとらわれがちです。お金は欲しい物を買うための道具であるのに、いつの間にか預金残高を増やすことなどが楽しみになってしまう。つまりお金それ自体が目的化しやすいため、手段と目的を取り違えている人が多いと思います。
この〝道具〟であるお金の使い方を、学校で教えなくてどこで教えるのか、とすら思いますね。僕が理事長を務める「郁文館夢学園」(東京都文京区)でも教育しています。お金は便利な道具である一方で、さまざまな害もある。お金に関わる犯罪などを具体的に教えながら、お金とどう向き合うかを生徒たちに考えさせています。
学校で起業体験プログラムを取り入れたのは僕の提案で、理事長に就任した2003年から毎年行っています。郁秋祭(文化祭)では生徒たちに会社を作らせ、商売をさせ、株主総会も開いています。これは自由主義社会の仕組みがどうなっているか生徒たちに教えるのと同時に、お金との関わり方を教えるために行っています。そこで大事なのは、お金に縛られない人生とはどういうことかを生徒たちに学んでもらうことです。
── 道具として生涯ついて回るものなのに、「お金に縛られない人生」を送るとはどんな意味ですか。
お金はうまく使えば役に立つ道具。そういう捉え方をして、それ自体に執着しないことです。お金を得ることばかりにこだわると、それに振り回されて目先の欲に陥ります。そうならないためには、お金と欲望をコントロールする必要があります。
僕はまず学校の生徒たちに、「入るよりも出るほうを抑えればお金は残るし、出るほうが多ければ借金になるよ」と、ごくごく簡単なことから教えています。実際はみんな、そういうことから知らないんですよね。お金と向き合う中で一番大事なのは計画性。小遣い帳をつけて、お金が入るのと出るのをしっかりコントロールすることで、計画的にお金を使っていける習慣を身につけさせています。
これは僕ががむしゃらに働いて、一つのゴールと設定していた年収1億円に達した時にはっきりと気づいたことですが、お金で買えるものはしょせん、欲望の域を出ないのです。つまりお金の出入りをコントロールすることは、自分の欲望をコントロールするということ。最終的には生徒たちをそこまで引き上げたいですね。
母の死、父の事業失敗
旧ソ連での衝撃体験
── ゴールとしていた年収1億円を達成した時に、自分を見失ったりしませんでしたか?
1億円もあればたいていの物欲を満たすことができます。しかしいざ叶ってみると、思っていたほどの達成感はないんですよね。車や家を買おうとしても、物欲を満たすためにお金を使うのは抵抗がありました。どこか〝恥〟のようなものがあったんだと思います。
だから見失ったわけではありませんが、少年時代に貧乏を経験していたがゆえ、まずモノに目がいったのは確かです。これは誰でも陥ることだと思います。大事なのは、大きなお金を使えるようになった時に、そこで引き返す勇気があるかどうか。
僕はその時に、「ちょっと待てよ。俺は今、モノに縛られているんじゃないか? お金に振り回されているんじゃないか?」と自問しました。「そもそも事業を起こしたのは車や家を買うためじゃない。自分にはそれ以上の目的があったはずだ」と原点に戻り、人生の目標を再確認したのです。
するとようやく分かったんですよ。僕はお客さまやお取引さまなど、自分の関わる方々から「ありがとう」の言葉をいただくことが嬉しい。もっと喜んでもらおうと努力すると、さらに評価をしていただいて嬉しいから、また努力しようとする。
つまり、僕にとってお金を得ることは、より多くの方々に関わってたくさんの「ありがとう」を集めるための手段だったわけですね。そのことに気がついた時に、お金への執着から離れることができました。
── 大きなお金を使えるようになった時に、原点に引き返せたのはなぜだと思いますか?
これまでの人生でさまざまなことを体験したからだと思います。
僕の父はテレビCMの制作会社を経営していて、もともと家は裕福でした。僕はオール横浜にも選抜されるほどの野球少年で、ユニホーム姿でテレビCMに出演したこともあるんですよ。小さい頃は、父のお金で欲しいものを何でも買ってもらえて、子どもにとって贅沢三昧といった生活でした。
しかし小学5年生の時に母が亡くなり、同年、事業に失敗した父が数千万円の借金を抱えて会社を清算することになりました。テレビがモノクロからカラーに変わる時代の流れに、中小プロダクションは対応できなかったのです。
鮮明に覚えているのはその年の暮れ、横浜の下町の質屋に並んだ商品を父が眺めていたことです。それまで父が質屋でモノを買うことはなかったので、「どうしてこんなところで買うんだろう?」と父を気遣いながら、だんだんと悔しい気持ちが込み上げてきました。「社長になって父の仇を取ってやる」と決意したのはこの時ですが、実際には母を亡くして間もなかったので、精神的にはボロボロでしたね。
やがて野球どころではなくなり、公団の小さなアパートで、靴下一枚も買ってもらえないような貧乏生活が始まります。この時に僕は、お金がないことのつらさを嫌というほど味わいました。
今思えば、このギャップこそが教育だったと思うんですよ。金持ちと貧乏を経験したことで、お金の大切さ、むなしさ、使い方を学びました。そういう意味で、僕は最高の金銭教育を受けてきたと思いますね



