大企業なんかに負けない――。「痛くない注射針」など、革命的な製品開発で
世界の注目を集める岡野工業。稀代の職人にして同社の代表社員、岡野雅行氏に、
イノベーションを生み出す「失敗の哲学」から強い個人をつくる作法まで、幅広く語ってもらった。
取材=玉居子精宏 写真=鰐部春雄

町工場で技術の粋をきわめた岡野氏の目から見ると、どんな大企業でも独立して一流になれる人間はごくわずかしかいない。それはなぜなのか? 答えの鍵となるのが、氏の提唱する「世渡り力」、すなわち「人と情報のマネジメント力」(『人生は勉強より「世渡り力」だ!』から)だ。これがないと、いくら高学歴で能力があろうと成功はおぼつかないという。
0.2ミリの細さで“蚊に刺されたほどにしか感じない”「痛くない注射針」。物理的に不可能とされていたこの注射針も、「進んで失敗しよう」と常に挑む岡野氏だからこそ開発し得たものだった。
“世渡り力”の養成は絶え間ない観察から
―― “頭がいい”と“利口”を分けて考えていらっしゃいます。
大学を出たって世の中を渡っていけるほどの“利口”とは限らないよ。おれが言う“世渡り力”ってのは、“利口”と置き換えたっていい。「頭がいい」ってやつは学校の勉強ができるわけだけど、先が読めないもんなんだ。観察力がないからね。いつだって周りの人を注意深く見るようにしてないと。向き合っている人を見て、「この人は何か飲みたいのかな、お茶を出そうか」と思ったらさっと出す。そういうところから“世渡り力”は始まるんだ。失敗することは大切だよ。失敗することで磨かれるものがある。だけど大企業じゃ失敗しちゃいけないっていうから失敗しないような横並びのことしかしなくなる。だからいいものもできない。大卒だったり技術系の学校を出てたりする人間が企業に入る。ひと通りのことは知ってるわけ。読んだり聞いたりしてね。入社したら今度は「わが社はこんなことをしていて――」って、また学校の勉強のようなことをさせられる。それからやっと仕事になるんだ。でもそんな技術屋が100人いたって独立してやっていけるようなのは10人くらいだろうね。学校を出てるから机上の勉強はできる。でも理論を知ってるだけのことだよ。
―― いま日本では大企業ばかりが業績がよく、中小企業は厳しいという状況にあるようですが。
だいたい大企業は自分たちのできるもの、失敗しないでつくれるものしかやらないからね。要するに大企業ってのは組み立て屋だよ。自分ではつくれないんだ。だから町工場のやってる研究・開発が日本を支えていると言ってもいいんだ。ウチなんか中小企業でもないぞ、町工場なんだ。世界を見ると、町工場がある国ってのは少ない。ドイツ、フランス、イタリア、そして日本だ。ドイツなんかは職人養成のマイスター制度で有名だよな。でもいまの日本じゃ職人の仕事がすたれ始めていると思うよ。だからこれから大企業は大変だよ、技術が手に入らなくなるんだから。去年の11月に開催されたユニバーサル技能五輪国際大会で日本人が金メダルをとったりして優秀な成績を収めた。それで話題になっていたけど、町工場は関係なかったね。エントリーの仕方も知らないし、出場の誘いだって来なかった。ああいう大会は大企業が自分とこの面子をかけてやるもの。でもそういう会社の受賞した社員が、会社の外に出て何ができるかっていったらわからない。社員ていうのは会社のたくさんある中の一部門をやってるだけの話だからね。研磨の得意な人間でも、独立して研磨だけで飯が食えるわけじゃない。ほかのこと、たとえば営業だってする必要がある。会社じゃあ下ごしらえをしてもらっているからできる。でもそれがないと何もできない。要するに総合力がない。大企業は社員を独立させないように分業しているんだな。
―― 機械が大好きで新しいものもお好きと聞いています。
普通の会社の設備ったらすごいよ、何でも設備がありゃつくれると思ってるのか、「まず設備ありき」なんだ。そういう企業じゃあ下の人間が「この機械を導入すればこんなことができます」って上におうかがいを立てて、それから買う。けど、おれのところは違う。うちの社員に「おい、あの機械を買おうよ」って言っても返ってくるのは「いらないよ」だよ。おれは新しいもん好きだから、いい機械は欲しいんだよ。でも「いらない」って言われちまう。理由を聞いたら「機械を買ってやれば誰だってできる」ってね。20年以上前の機械でもミクロン単位の仕事ができている。「それはおれの腕だ、機械じゃなくその“使い方”なんだ」と言うんだな。大企業は違う。機械を買えば何でもできると思ってる。それじゃいい発想なんか出てきっこない。失敗したら飛ばされたり、月給は減っちゃたりするだけだしな。岡野工業に仕事を頼みに来る会社は、大学病院の医者に見放された患者みたいなもんだよ。そういう患者(企業)に限って大病院じゃ「カネはいくらでも出す」って言ってる。そこでダメってなったところでウチが「できる」って言うと、途端に「見積もりを出せ」だ。企業には企業のやり方があるんだろうけどね。
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