大幅な株安にインフレ。
通貨危機まで囁ささやかれ始めたベトナム。
だが経済成長の底堅さを指摘する声もある。
その可能性を探った。
文・写真=玉居子精宏

ベトナム通貨危機説
きっかけのレポート
「チャイナプラスワン」の一角として高い成長を続けてきたベトナム。だがいま、その地位が揺らぎつつある。経済の過熱が危惧される状況下、5月末に発表された米モルガン・スタンレーのレポートがベトナムに冷や水を浴びせた。
同レポートはアジア通貨危機の発端となった1997年のタイ・バーツ暴落と同様の事態が起こりうると指摘していたのだ。これが引き金になってベトナム悲観論が噴出するに至った。この内容を撤回するレポートもすでに発表されているが、悲観する向きは多い。
6月末に発表されたベトナム政府の統計は、消費者物価指数(CPI)の前年同月比が26・8%上昇とし、3カ月連続での同上昇率20%超となった。ベトナムを見る市場関係者の目はかなり厳しいものとなっている。
だがこの観測を否とする見方があるのも事実。まずベトナムは当時のタイのように外貨建て短期債を抱えていない。このため急激な資金流出の可能性は低い。またアジア通貨危機以来、過去10年で積み上げた外貨準備は約230億ドルに達し、下支えはある。
わき起こった通貨危機の不安について、日本総合研究所・環太平洋戦略研究センターの三浦有史主任研究員は次のように指摘し、タイの二の舞はないと見る。「97年のタイの純外国資産はGDP比- 18%。それだけ〝借りて〟いた。だがベトナムは07年6月時点でおおよそ同+0.1%。当時のタイは貿易収支の赤字に加え、外貨建て短期債で資金を集めて長期の不動産投資に回すなど危険な状況に陥っていた。このため、〝タイは危ない〟とバーツ売りを浴びせられると、もたないのは当然だった。国営企業や金融改革が進まないなどの問題はあるが、ベトナムに当時のタイと同様のリスクがあるとは考えにくい」
カントリーリスクは利点に開発独裁で外資誘致
そもそもベトナムの魅力とは何か? それは隣国中国と比較した際の〝低廉な労働力〟だろう。ベトナムの個別株式を扱うニュース証券によると、工場労働者の平均賃金は月6000円程度で、上海や深センと比較しても約5分の1のレベルにある。
さすがに直近のCPI上昇を受け、賃上げを要求する労働者によるストライキが頻発するなど、賃金上昇圧力も強まっている。だが現状では前述のように、すでにレベルの上昇した中国沿岸部と比べれば低廉さは保たれる。この労働力については、その勤勉性についても評価が高く、「中国工場の労働者よりも質は上」(在ベトナム・シンガポール企業関係者)といった声もある。
安価な労働コストと勤勉性に加え、豊富な若年人口が大きなメリットとして挙げられる。8300万人の全人口のうち、25歳以下が5割を占めるという。
こういった魅力により外資企業がベトナムに投資していることは周知の事実だ。米インテルは10億ドル規模の投資で半導体組み立て工場をベトナム南部に建設することを06年に表明、09年の製造開始を見込んでいる。
ベトナムには常に政情や政治にまつわるカントリーリスクが指摘される。これも中国、キューバと並ぶ、共産党国家だからだろう。旧ソ連の例を引くまでもなく、硬直した体制、強権の党による国家支配、私有財産の否定……。〝共産党〟から想起されるイメージは限りなくネガティブだ。
インターナショナル リスク リミテッドの丹羽正シニア マネジャーは、「一党支配のため民主主義の手続きを経ないで法制度の唐突な変更が行われ、ホンダやヤマハなど進出日系企業が損失を被った事例も過去にある」とマイナス要素に注意を促す。
だが、この一党支配については、逆に「政情安定につながっている面もある。この政治の枠を理解した上であれば多方面でビジネスが可能」(丹羽氏)だという。タイはクーデターが頻発する国として有名だが、そういった政情・治安面での不安要素が少ない意味では独裁もプラス評価に転じる。
かつてリー・クァンユーのシンガポール、スハルトのインドネシアのように、国家が強権で政治を安定化して外資を誘致、経済成長を実現させる「開発独裁」の手法で国力を伸ばした実例もある。
政治的には一党独裁とはいえ、国家運営は首相、国家主席、党書記長の三者が権力を分け合っており、中国のような個人への権力集中の危険性はほとんどない。この中国との比較を前出の丹羽氏は、「中国の場合、北京と上海とでは地方政府の及ぼす影響度からまったく別の国の様相を呈する。だがベトナムはいい意味で中央集権的。もちろん事前のリスク分析は必要だが、中国と比較すれば、投資する際に企業は地域差に注意する必要がない点でリスクは少ないともいえる」と分析する。



