世界を巻き込んだ米サブプライムローン問題の根源は、
米国の不動産市況の悪化。そのリスクが証券化商品を通じて世界に広く
分散化されたため、信用収縮を通じた金融不安懸念へと事態が拡大した。
ところで、この世界的な問題の根っこにある、肝心の米不動産市況は
どうなっているのか? 新聞紙上にはお約束のように「FOR SALE」の
看板写真が掲載されているが、果たしてその実態は?
構成=山本雅幸 写真=鰐部春雄

羹に懲りて膾を吹く
米国の不動産市況を全体的に見れば、足下では確かに低迷している。2月の新築住宅販売は前年同月比で29・8%も減少し、戸数は1995年2月以来、13年ぶりの低水準にとどまった。
価格も低迷が続き、販売価格は前年同月比でみると2.7%のマイナス。米連邦住宅公社監督局(OFHEO)がまとめた1月の全米住宅購入価格指数も、前月比で1.1%、前年同月比は3.0%それぞれ低下した。足下の米国の不動産関連指数を見る限り、市況が低迷していることは疑いない。
しかしこれらの数字を冷静に見ると、これが日本の「バブル崩壊」に匹敵する深度を有するのかどうか、異論もあるのではないか。日本のバブル崩壊との類似性を論ずるのが流行りのようだが、「羹に懲りて膾を吹く」がごとき過剰反応に陥っている可能性はないのだろうか?
日米の不動産市況に詳しいコールドウエルバンカー アフリエイツ ジャパンの定村吉高代表は、「サブプライムローン問題の影響の大きさは、金融資本市場と不動産市場との間にやや温度差がある。不動産市場で起きているのは、端的に表現すれば“二極化現象”だ」と指摘する。
コールドウエルバンカーでは80年代後半から毎年、全米317カ所に及ぶ地点で、同社で売買された物件の価格調査を行う定点調査を行っている(HPCI=Home Price Comparison Index)。調査対象の条件は広さが約200㎡で、4ベッドルームと2.5バスルームを備える物件。豪華なように聞こえるが、米国では標準的な住宅不動産物件だ。
サブプライムローン問題が世界から注目されたのは昨年夏だが、米国の不動産価格は2006年にはすでにピークを打っていた。同社の最新調査は07年7月末までのものだが、興味深いのは全米で一律に価格が下落しているわけではなく、上昇・下落地点がまだら模様となっていることだ(図表1参照)。
しかも317カ所のうち、下落した箇所よりも上昇した箇所のほうが多いことも確認できる。ちなみに上昇率が最も高かった地点では、30%も価格が上昇している。
同社の米国内での取扱高は同業の「Century21」の約1.5倍、全米1位なので、不動産の実売価格を最もタイムリーに知り得る立場にある。もちろん統計としてのサンプル数の制約と、同社が比較的高級な物件を得意とするという点は割り引いて考える必要があるだろう。ただし、日本のバブル崩壊の場合、価格の急騰と崩壊がほぼ都市部だけの現象で、地方は蚊帳の外に置かれたのとは対照的だ。
この実売データに基づいた統計からは、弱気一辺倒の不動産マクロ指標とは若干違う姿が浮かび上がる。
過度な悲観は禁物
もちろん今後、米住宅価格の下落が加速する可能性は否定できない。「住宅ローンが支払えずに差し押さえられた担保物件で、競売にかけても値がつかずに競落されないケースが増えており、在庫が積み上がっていることは事実。在庫の積み上がりが市場に先安観を形成することで、中間価格帯の不動産取引へ与える影響が徐々に強まる可能性がある。この価格帯について言えば、現状ではまだ底を打ったとは言えない」(定村氏)。
ただし、日本の80年代後半の住宅用不動産価格のグラフが急峻な峰を形成したのと比べれば、米国の2000年代前半のそれは比較的緩やかな曲線を描いている。仮に一層の下落が続いたとしても、果たして10%の下落を“バブル崩壊”と呼ぶのかという問題もあるだろう。また、「差し押さえられた住宅用不動産の担保物件が増えているとは言っても、数で言えば全米の物件数のまだ1~2%。全体的に見れば、局所的な問題にすぎない。ただ今回の下げ局面で下落率の高いフロリダ州のマイアミなどでは、保養目的などで購入した物件の値下がり幅が大きい。下げ始めたときに、これを支える地域経済や雇用環境などの実態がないという点で、日本の“リゾートバブル”の崩壊と似ている」(定村氏)。
米国人がホーム・エクイティ・ローン(住宅の現在評価額から住宅ローン残高を差し引いた純資産額を担保に借り入れを行う方法)や、キャッシュアウト・リファイナンス(既存の住宅ローンを別の住宅ローンに借り換える際に、住宅資産価値の上昇分に見合う分まで借入額を増やす方法)によって実質的に借金を借り増し、それを消費に回すような不健全な行動をとっていたことは事実。
また、ブッシュ政権の住宅優遇政策や、まれに見る低金利状態が続いたことが、バブル的な状況に一役買ったことも事実だろう。ただし、メキシコなどから毎年百万人を超える大量の移民を受け入れている米国では、大幅な人口増加が続いている。ベビーブーマーの子供世帯の住宅需要は旺盛で、この傾向が続く限り住宅に対する実需は健在だ。また、度重なる利下げで金利は一層低下しており、政策的な優遇策が消え去ったわけではないことも忘れてはならない。
「ビバリーヒルズ」はなお健在
さらに特徴的なのは、高額物件の動きだ。日本ではバブル当時、資産価値としては正当化できないような高額物件でも、値上がり期待がさらに期待を呼ぶ形で物件価格がつり上がった。崩壊後の惨憺たる状況は周知の事実だ。しかし米国では現在でも、高額物件は価格上昇が続いている(図表2「高額物件の価格推移」参照)。
「上昇しているのは『ビバリーヒルズ』や『サンタバーバラ』に代表的される、日本でもよく知られている地名。あるいはハワイなど、有名な地域は米国人にも人気が高い。これらの地域の不動産市場は、低所得者層が住むエリアとは無縁のマーケット。この市場を支える実需は、現在でも確かに存在している」(定村氏)
ちなみに同社は海外不動産の紹介も業務としているが、日本からハワイへの投資案件を最近紹介した事例もあるという。これは今回サブプライムローン問題で表面化した、信用力の低い個人層とはまったく関係のない市場が、依然として健在であることを示す。
「米不動産市況を全体的に見れば、まだ今年いっぱいは底入れ感が出ないだろう。競売案件の増加で、在庫はまだ増える傾向にあり、これが市況全体の重しとなることは確かだ。大統領選挙を控えていることもあり、政府は大胆な政策を打ち出しにくい事情もある。しかしながら、これをもって『住宅不動産バブルの崩壊』というのは言い過ぎではないだろうか」(定村氏)。結論として、米国の不動産市場は、二極化現象がさらに強まる傾向にあると言えそうだ。



