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ドンキ放火事件で考えた
日本の司法とマスコミのあり方

宮崎哲弥 評論家
安田隆夫 ドン・キホーテ会長兼CEO
関口広昭 被害者遺族代表
聞き手=木村 剛 本誌発行人

元交際相手に会えないうっ憤を放火で晴らそうとした犯人の身勝手な振る舞いで、まったく罪のない従業員3人の尊い命が奪われたドン・キホーテ浦和花月店の放火事件から約3年が経った。当時はセンセーショナルに伝えられたこの事件も、月日が流れ、多くの人たちの記憶から消え去ろうとしている。
 さいたま地裁は2007年3月23日、犯人の渡辺ノリ子被告に対して、求刑どおり無期懲役を言い渡した。弁護側が「物証に乏しく、自白調書の任意性にも疑問がある」と無罪を主張するなか、裁判長は「身勝手極まりない犯行」と厳しく非難し、検察側の主張をほぼ全面的に認めた。一方、渡辺被告はこれを不服として即日控訴、高等裁判所での裁判はこれからだ。
 同放火事件で日本の刑事司法の問題に鋭く切り込んだ評論家の宮崎哲弥氏、ドン・キホーテ会長の安田隆夫氏、この事件で娘さんを失った関口広昭氏の3人とともに、浮き彫りになった行政や司法、マスコミの問題について考えた。

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一連の事件は
簡易鑑定が引き起こした

――宮崎さんはこれまで新聞や雑誌などで、「刑事司法がこの事件を引き起こした」と指摘されてきました。刑法のどこに問題があるのですか。
宮崎 私はこの事件の前から、刑法39条には重大な欠陥があると指摘してきました。いろいろ問題点はあるのですが、今日、特に強調したいのは起訴前鑑定という制度の欠陥です。起訴前鑑定というのは、文字どおり、検察が起訴する前の捜査段階おいて精神鑑定を実施することです。これには2~3カ月かけて行う本鑑定(嘱託鑑定)と簡易鑑定とがありますが、ほとんどの場合、拘留期間中に1回だけの面接で済む簡易鑑定が実施されます。
 この簡易鑑定が極めて杜撰で、その結果として、自傷他害(自分を傷つけたり、他者に危害を加えること)のおそれのある犯罪者が「野放し」にされる可能性がある。これは極めて危険な状況だと主張してきました。
 新聞やニュースなどではまったく報じられていませんが、ドン・キホーテで起きた放火事件は、まさにこの刑法39条の欠陥が引き起こしたとも言えるのです。
 問題となっている放火事件が起きる約1カ月前の11月18日、渡辺ノリ子被告は、ドン・キホーテ大宮大和田店でバッグなどを盗もうとして、現行犯逮捕されています。ところが彼女は「責任能力に疑問がある」という簡易鑑定に基づいて、処分保留で釈放されてしまった。そして12月13日に放火事件を起こし、3人の命を奪ったわけです。
 放火事件後に再度捕まった渡辺被告は、さいたま地裁で無期懲役という判決を受けました。一連の犯罪行為に対して、ひとまず司法的な判断が下されたわけですが、11月18日の窃盗事件のときに簡易鑑定をして渡辺被告を釈放してしまった鑑定医および大宮区の検察庁の責任は、きちんと問われていません。
――ご遺族の立場から、今の宮崎さんの指摘に関して、どのように思われますか。
関口 以前、宮崎さんの記事を拝見いたしましたが、正直に言ってまったく同感でした。
 事件が起きた時点で、まず簡易鑑定ということになるわけですが、私たちはこの簡易鑑定で、1カ月のうちに正反対の答えが出るという経験をしました(放火事件での逮捕後に再度行われた地検の簡易鑑定では、「責任能力あり」との判定結果が出た)。この簡易鑑定というのはいったいなんなのだろうという疑問を、私たちは持たざるを得ないのです。
宮崎 簡易鑑定は半日かけて行うとされていますが、実際には2〜3時間の問診だけというのが通例です。その程度の「鑑定」で、被疑者の正確な心身の状況や病状を判定できるものか、大いに疑問があります。
 きちんと判定できなかったからこそ、わずか1カ月の間に、公判能力があるかどうかという極めて重要な判断が完全にひっくり返ってしまったわけでしょう。これは今の制度の欠陥を端的に示していると言わざるを得ません。
――誰が最初に簡易鑑定を行ったのかはわからないのですか。
関口 裁判中、医師の名前は公表されているのだとは思いますが、傍聴していても、あまりにも声が小さいので聴きとれません。判定結果だけが、起訴された段階で、裁判所に持ち込まれるわけです。私たち遺族としては、最初に鑑定した人物の判断が正しかったかどうか追及したい気持ちはありますけれども・・・・・・。また裁判における、裁判官、検事、弁護士のやり取りも専門用語ばかりで、一般人に理解しづらいものです。


なぜ鑑定医の責任は
問われないのか

――しかし、簡易鑑定に限らず、医療過誤のような問題もあるわけですから、鑑定を行った医師の判断が正しかったのかどうかをチェックする必要性があるのではないですか。
宮崎 最初に簡易鑑定を行った医師の判断を問うのは難しいのが実情です。まず簡易鑑定が行われた後に犯人は処分保留で釈放されています。この時点では3人死亡の放火事件は起きていないわけですから、問題視する契機も、人も、ほとんどありません。
 そして放火事件が起こった後は、検察は2度目の簡易鑑定の「責任能力あり」という結果を踏まえて、放火事件以前の2件について改めて不起訴にしています。
 この不起訴という検察の判断に対しては、検察審査会に不当性を訴えるという道もあるのですが、この制度自体があまり有効に機能していないという問題があります。それに検察審査会で問えるのは、2度目の簡易鑑定の結果を受けての不起訴という検察の判断であって、最初の簡易鑑定やそれに付随する検察の判断についてではありません。
 結局、最初の簡易鑑定、あるいはそれを受けての検察の判断を問う道はないのです。
 簡易鑑定での問題は、この事件に関してだけではありません。あまり注目されませんが、実はいくつも起きているのです。例えば「通り魔殺人」を起こした人間が、わずか数時間の簡易鑑定で措置入院となり、結局1年半ほどで退院し、外に出てきて、街を歩いているようなケースもあります。
 何の罪もない子どもを殺した犯人が同じ街で普通に暮らしている状況に、遺族の方たちは大変憤っています。
「通り魔殺人」を犯せば普通は15年ぐらい刑務所に入るわけです。措置入院になるにしても、それぐらいの期間、入院させるべきではないのかと考えるのが普通の感覚でしょう。しかし検察は、心神喪失の犯罪者の場合、交通事故を起こしたのと同じような考え方で対処しています。
――交通事故ですか。
宮崎 そうなんですよ。不起訴になったときに検察の人から、「事件ではなくて、事故と同じなんだと考えたほうが気も楽ですよ」とまで言われた被害者遺族の方がいます。
――それはひどすぎませんか。
宮崎 まったくひどいです。しかし、責任能力が問えない少年事件や、刑法39条にかかるような心神喪失、心神耗弱の事件の場合には、こうしたことが少なからず起きているのが現実です。


捨て置かれる被害者と遺族

――遺族の立場からすると、こういう状況はどう考えていますか。
関口 やりきれないです。正直言って、受け入れられないです。先ほど検察審査会の話が出ました。審査会があるということすら、被害者遺族はもちろん一般国民には知らされていません。そういう審査会があって、不服の申し立てができるということを、事件から3年経過後に初めて知りました。でも、自分たちはそれどころじゃなかったんです。刑事事件の経験なんてありませんから。
宮崎 結局、犯罪被害者の方々、被害者の遺族の方々は、泣き寝入りをしてきたんです。
 刑事事件では、犯罪被害者の側に付いてくれる弁護士はいません。刑事事件は国と加害者とで争うのであって、被害者は訴訟の当事者ではないのですから。刑事裁判における犯罪被害者の側は、ずっと「蚊帳の外」でした。
 当たり前のことですが、犯罪被害者側の方々には法的知識に明るくない人が多いわけです。
 事件というものは、ある日突然、ごく普通に市民生活を送っていた人たちの上に不条理に降りかかってきます。どうしていいのかわからないままに、法務省や検察庁や警察庁の言いなりになって、納得いかないまま放置されるという状況がずっと続いてきました。
 90年代の中頃から、ようやく「このままではいけない」ということで、弁護士を中心とした犯罪被害者の会などが結成されるようになって、少しずつ状況が変わってきています。
――日本では加害者の人権は守られているが、被害者の人権は守られていないように思います。
宮崎 大学の法学部で使う刑法の教科書の「人権」という項目を見るとわかりますが、日本の刑法では常に被疑者、被告人、収容者の人権だけを考えることになっているんです。
 これはなぜかというと、私は個人的にはいびつな考え方だと思いますが、近代的な刑法において、一番に守らなければならない人権は、国家に対して真向かいに対抗する立場の人の権利である、という考え方になっているからです。
 国家と対峙している人とは、訴追権を持つ検察と対峙した被告人とか、警察に逮捕されている被疑者とかです。だから日本の刑事裁判というのは、被害者を常に「蚊帳の外」に置いてきたんです。
 欧米では刑事裁判における被害者の関与、被害者遺族の関与が認められてきています。ところが日本では、「裁判官や検察官の言うことをきいていればいい」という官僚主義が強いのか、ようやく先の国会で刑事訴訟法が改正され、被害者側の裁判に対する関与が一部で認められるようになりました。しかし、改善されたとはいえ、十分ではありません。
 例えば、被害者や被害者遺族の方々は、捜査や裁判の情報の枠の外に置かれています。捜査や裁判がどういう状況にあるのか、といった基本的なことが正確にわからないのです。
関口 裁判に出なかったら、まったく情報はゼロです。


隠蔽された?
警察の初動捜査ミス

――ドン・キホーテもこの事件の被害者であり、同じ犯人による放火、器物損壊や窃盗に繰り返しあっています。今振り返ってみてどのように思われますか。
安田 刑法39条の問題については、私たちも大変憤っていますが、実は報道されていない点がひとつありまして、検察もさることながら警察も、捜査ミスといっていいようなことが起きているんです。
 事件の経緯について簡単に説明しますと、2004年11月18日に、渡辺被告はドン・キホーテ大宮大和田店で、建造物侵入・器物損壊、窃盗の現行犯で逮捕されています。ところが、12月8日に精神鑑定で「責任能力なし」と断定されて釈放されています。その4日後の12月12日に、まったく同じ大宮大和田店で建造物侵入・器物損壊を行っているんです。
 私たちは犯人が明確に映った防犯カメラの映像を、同日警察に提出しています。よりによって同じ場所で同じことが起きているわけです。そうしたら真っ先に、同じ人間の犯行を疑うべきだと思うんです。しかも私たちは証拠になるテープを渡しているんです。映像を見て、指紋を採ればすぐにわかったはずです。それにもかかわらず、警察は犯人を逮捕しませんでした。
宮崎 逮捕していないから起訴もされていない。当然報道もされていないということですね。
安田 そうです。12月12日に逮捕されず、翌日の12月13日には浦和花月店に火を付けて、あのような大惨事が起きてしまった。
 ところが、警察は一連の事件で被告が逮捕された後に、12月12日の建造物侵入と器物損壊を立件し、05年6月7日に不起訴にしているのです。
宮崎 立件していないと非難されそうだから、事後的に立件して不起訴にしたというふうにみえます。これでは最初の判断ミスを隠蔽したと言われても仕方がないですよ。めちゃくちゃですね。
安田 ご遺族の方々にしてみれば、いくつもの「もしも・・・・・・」があるわけです。
――「もしも12月12日に逮捕されていれば・・・・・・」ということですね。
安田 そうです。前日の12日に警察が捕まえていれば、少なくとも13日に放火事件は起きなかった。さらに12月8日に、あんな杜撰な精神鑑定で釈放しなければ、放火事件は起きなかった。
宮崎 つまり検察と警察は2度のチャンスを、ともに見逃したということになりますね。
安田 これはメディアでもまったく報道されていません。私たちの大宮大和田店に12月12日、同一犯人と思われる泥棒が侵入し、警備員が駆け付けたときに、犯人が車で逃げるのも目撃していて、車種・車体の色などの状況証拠は万全に揃っていた。
 だから、本当なら警察は直ちに逮捕できる状況だったと思うんです。釈放の4日後に同じ店に同じ手口での侵入があったら、「同一人物の犯行ではないか」と疑うのが普通ではないかと素人の私でも思うのですが・・・・・・。
宮崎 犯人は無罪ではなくて、起訴猶予で釈放されています。公判の維持能力がないから起訴を猶予するということです。つまり、完全に「シロ」だから釈放したわけではないのです。したがって、継続して注意を払う対象であるはずです。12日のような事件が起こったらすぐに身柄を押さえるような体制にあるべきだったにもかかわらず、積極的に動いていない。これでは警察に重大な過誤があったと言われても仕方がないですよ。
――言葉が悪いですけれど、それは「怠慢」ということではありませんか。
宮崎 警察としては、心神喪失や心神耗弱の可能性があるから、逮捕してもどうせこの犯人は起訴できない。ムダになってしまう。だから捜査しても仕方がないと考えたんじゃないですかね。
――そういうことは許されるんでしょうか。
宮崎 はじめの2件については、3件目と比較すると軽微な犯罪です。ところがこれにしっかり対処していなかったために、かくも重大な犯罪につながってしまった。こうした経緯からこんなに重い事案につながったのは、今回が最初かもしれません。「軽微な刑法犯だから、起訴できないかもしれない」「動いてもムダだ」というような思い込みが警察側にあり、だから消極的になったと言われても仕方がない状況です。
 一般の市民からしてみれば、比較的軽微な犯罪であったとしても、店舗の中に侵入されたり、物を壊されたり、盗まれたりしているわけですから、「心神喪失で、罪に問えないかもしれない」「刑事訴追できないかもしれない」のだとしても、それが「野放し」になってしまっては困ります。治安はどうなるのかと考えるのが当然です・・・


続きはFJ2月号で



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