
介護の現場が揺れている。訪問介護最大手のコムスンが法令違反を理由に
サービスからの「退場」を求められ、分割譲渡の形で解体される。
世論は同社を糾弾するが、それで問題は解決するのだろうか。
構成=石井孝明 写真=鰐部春雄
コムスンは
「介護を食いものにした」?
責任をどう考えるのか」。コムスンの親会社のグッドウィル・グループ(GWG)の折口雅博会長
に記者たちが迫る。「すみません」「『介護を食いものにした』と批判されてもしかたがない」。
折口会長は頭を下げ続けた。
これは、コムスンが今年6月に六本木ヒルズ(東京都港区)の本社で行った記者会見での光景だ。
厚労省から事実上、介護事業からの「退場」を求められたことについてのものだった。
約200人の記者・カメラマンが集まり、会見は2時間半にわたった。「反省しているのか」
「利益至上追求が問題ではなかったのか」。「社会正義」を背景に記者たちが次々と説明を求める。
翌日の新聞の社説も「悪質事業者に退場処分は当然だ」「不正をなくせ」と、批判一色になった。
テレビニュースで、折口会長に司会者が罵声を浴びせた。
「野心的な経営者が、不正な請求で介護保険料をだまし取り、
劣悪なサービスを提供して老人と福祉を食いものにした」。
さまざまな報道からこんなイメージが作られたようだ。
問題がこのように単純なら、コムスンを介護事業から退場させれば終わる話だ。
しかし実情はまったく違う。
取材を進めると、次のような問題が浮かび上がった。
▼「1カ所の不正行為があれば全事業所が取り消される」という、介護保険の違法行為への制裁制度が過酷ではないかとの批判が関係者に広がっている。
▼コムスンには全国で約7 万5000人の利用者がいて、評価されるサービスを提供していた。
▼コムスンは07年6月期決算で赤字となる見込み。訪問介護事業は難しいビジネスだ。
▼「組織ぐるみで保険料をだまし取ろうとしたわけではない」との見方が、周辺関係者にある。
▼現場で働くヘルパーの離職率が高い。それが介護事業にさまざまなひずみを生んでいる。
もちろん、コムスンの違法行為は許されないし、その経営にも多くの問題があった。だがコムスンを糾弾するだけでは、介護をめぐる問題は解決しない。
10万人と向き合う
巨大ビジネス
介護保険制度とは、40歳以上の国民から保険料を徴収し、国・地方自治体の予算を上乗せした上で、高齢者の介護に使う仕組みだ。1人当たりの支払い保険料はひと月4000円程度となっている。介護を社会全体で支え合う意図で、2000年から導入された。
1割負担で利用でき、今年2月時点で439万人が利用する。
そこでは、民間企業の参入が奨励された。介護費は個人負担分を含め6兆4600億円(06年度)となっている。
企業はその活動を通じて社会に影響を与える。介護を担う民間企業は、次の責務を負うことになる。
▼良質なサービスを、幅広く提供すること。
▼介護保険料は公的資金であるため、サービスにかかる費用を可能な限り低く抑えること。
▼介護事業で働く人の労働条件を改善すること。
ところが、これらは相互にぶつかりあう。サービスの向上や、
現場で働く人と自社の利益を過度に追求すれば、多額の公的資金を使う。
そのバランスを保つ難しさに加え、コムスンは全国展開、さらに365日24時間介護という
サービスを、ビジネスに組み込んだ。それによって業界トップとなる一方、
負担も抱え込んでしまう。
「コムスンの実態を調べ始めて、まず感じたのは『驚き』でした」。
桐蔭横浜大学法科大学院コンプライアンス研究センター所長を務める弁護士で
元検事の郷原信郎教授は話す。郷原教授はコムスンの譲渡先を選定する
第三者委員会の副委員長でもある。
その理由は、関係する人の多さだ。利用者は約7万5000人、従業員は約2万4000人。
これだけの規模を持ち、準公的領域を担う企業は類例がない。
「コンプライアンス(法令遵守)を貫徹することが、大変難しい組織だと思われます。コムスンが悪
いという単純な見方で、問題を分析しきれると思えません」。郷原教授の指摘は適切なポイントを突いているだろう。
コムスンはなぜ
「退場」となったのか?
厚労省は6月、介護保険法に基づき、介護サービスについてコムスンの事業所の
新規指定・更新を来年4月から行わないことを各都道府県知事などに要請した。
その結果、事業の継続が不可能となり、コムスンの「退場」が決まった。
5都県8事業所でコムスンが不正な手段によって介護事業所の申請を行ったことが確認されている。
法律で義務付けられている「サービス提供責任者」(センター長)が不在なのに、
事業所を開設するなどの行為だった。
コムスンは昨年12月から東京都が行った監査で不正がわかったものの、
是正の指導に従わず放置した。そして全国で監査が行われた今年3月から5月にかけて、
問題視された8事業所の廃止届けを提出した。06年4月から施行された改正介護保険法では、
1カ所でも指定取り消し処分を受けた事業所がある場合には、
ほかの都道府県でも事業者の指定が受けられない「連座制」が適用される。
もちろん、いきなり「取り消し処分」となるわけではない。
監査権限をもつ自治体の「改善勧告」「改善命令」という行政指導を経た上で行われる。
だがコムスンは「問題事業所の存在をなかったこと」にして「処分逃れ」をしようとした。
事業所の指定取り消し処分は行われず、コムスンの思惑通りになった。
だが法と制度の裏をかこうとする行為を厚労省と各自治体は問題視した。
そして改正介護事業法の施行後に、事業所を不正に2カ所開設したことを理由に「退場」処分を行った。
東京都は4月、訪問介護大手のニチイ学館、ジャパンケアサービスに対しても
「不適切な請求」を理由に介護保険料の返還請求を行った。
両社の自主点検で、その金額はそれぞれ約2億円以上だったという。
両社はそれに従い、是正を行って「退場」は免れた。
厚労省幹部はコムスン問題について次のように話す。
「他社・他法人がコムスンのようなことを行えば同じ処分になったでしょう。
制度に基づいて処分しただけで、何の思惑もありません」
「コムスンは行政指導に従って適切に対応すればよかった。
処分逃れを認めると、制度への信頼そのものが揺らぎます」
この見解や、他社が事業を続けられた現実を見ると、
コムスンは制裁を避けようと過剰な反応をして、自らを追い込んだようだ。
取り消し処分になった介護事業所はこれまでもあった。
厚労省によれば00年4月から今年3月末まで、
不正による指定取り消し処分や廃止届の出た事業所は478件に上る。
さらに00~05年度に介護報酬の不正請求で、
全国の自治体は総額約55億円の返還を指示したが、返還額は約4割にとどまった。
しかし、これらは「氷山の一角」だろう。悪質業者の退出を図り、
制度を守るために「連座制」という制裁措置を組み入れたのだ・・・



