
ライブドアは上場廃止になったのに、日興コーディアルグループはそうならなかった。
2社の扱いが異なったことをめぐって、市場ではさまざまな憶測が流れている。
一体どういうときに上場廃止になるのだろうか。東京証券取引所が定めている
『上場廃止のオキテ』とは、どういうものなのだろうか。FJ編集部が独自調査を決行した。
構成=FJ編集部 写真=PANA通信社
3月12日、東京証券取引所(以下、東証)は、日興コーディアルグループ(以下、日興)の株式を上場廃止にしないことを決定した。フライングして上場廃止が決まったかのように報じていた一部マスコミは、「日興は政治力があったから廃止にできなかった」「社長が安倍首相と親密な関係だったから」などと陰謀史観に満ちた報道を垂れ流している。
ところが、あれだけ大騒ぎをした割には、これまで上場廃止となったケースを冷静に振り返りながら、整合的な処置になっていたかという視点から分析した記事にはお目にかかれない。
そこで過去において、虚偽記載等が発端となって公益・投資者保護を目的に上場廃止となった銘柄を分析することを通じて、日興をめぐる上場廃止騒動を振り返ることにしたい。
上場廃止の目的は何なのか
東証関係者と話をすると、まず気付かされるのが、「上場廃止」に関する考え方の温度差だ。
マスコミでは、「上場廃止=ペナルティ」という見方が支配的で、「粉飾決算をした会社はケシカラン→懲らしめるべきだ→上場廃止にしろ!」という「頭に血が上った」ような話になりがちである。
ところが冷静になって考えると、上場廃止によって痛い目にあうのは投資家である株主であって、経営者ではない。
そして、株主は粉飾決算による直接の被害者でもある。すなわち上場廃止は、粉飾決算によって鞭打たれた被害者にさらに追い討ちをかける格好になる。そういう意味では、少し酷な感じがしないでもない。
いずれにせよ、まずは、東証が「上場廃止=ペナルティ」という考え方に立脚していないということについて、十分に理解しておく必要があるだろう。
理屈っぽく言えば、上場とは「社会における公器になる」ことを意味する。
非上場の世界は、クローズドな「ムラ社会」。顔見知り同士の間で暗黙の了解の下に物事が進められていく。しかし、上場の世界では、顔を見たことが一度もなく、話したこともない人たちから、資本面で応援してもらうことになる。
見ず知らずの他人のお金を預かる以上、その信託に応えられるだけの資格を持つ「公器」でなければならないわけだ。
公器としての品質をチェックするのが「上場審査」という手続き。公器としての品質が維持できないと判断されれば、「上場廃止」になる。つまり、上場廃止はあくまでも投資家保護に立脚した行為であって、取引所を適正に維持していくための品質管理のもとで生まれた副産物にすぎない……
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